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日本近現代史(日文)之八

  2-3 韓国併合
2-3-1 日韓協約と義兵闘争
 日本の朝鮮植民地化は、有名な1910年の「韓国併合」に始まると考えている日本人が多い。日本の教科書にも、そのように書いてあるからである。しかし、日本の朝鮮支配は、これまでに詳述したように明治維新の初期から策謀されてきたものであった。日清、日露の二つの戦争は、まさに日本の朝鮮支配権を巡る戦いだったのである。1905年の日露戦争の勝利は、その意味で、日本の朝鮮支配を欧米列強が承認したことでもあったのである。しかし、それによってすぐに朝鮮支配が実現したわけではなかった。日本は朝鮮支配を実現するために、一歩一歩、手を打っていったが、そのやり方はまさに朝鮮民族の首を少しずつ絞めていくものであった。日露戦争中に日本は朝鮮全土を戦争に自由に利用できる体制を作り上げた。それが日韓議定書の締結である。これによって朝鮮の人、食料、資源、土地のすべてを戦争のために利用できる体制が完成されたが、戦後、朝鮮の政治と社会を日本に従属させるために行われたのが、第1次と2次の2回にわたって締結された「日韓協約」である。

 この協約によって日本は韓国の政府のあらゆる部門への顧問派遣を認めさせることによって、実質的に政治の実権を握ったのである。特に第2次協約においては、首都ソウルに「統監府」をおき、第1代統監として日本政府の実力者「伊藤博文」を送った。日本は統監を実質的な韓国統治者とし、伊藤の許可無くしては、韓国政府はなにもできなくしたのである。  

 このような日本のやり方に、もちろん韓国政府は抵抗した。韓国政府の中心であった皇帝、高宋は日本に抵抗し、韓国政府の自主性を取り戻そうとして起こしたのが「ハーグ密使事件」である。2次協約によって韓国政府は外交権も失ってしまった。このために国際会議への参加権もなくなっていた。1907年、オランダのハーグで開かれた「万国平和会議」に、高宋は密かに3人の韓国代表を送り、各国代表に第2次日韓協約の不当性と韓国内の各国公使館の再開を訴えた。また、会議そのものへの参加を要請した。しかし、欧米列強を中心とする、参加国は韓国皇帝の信任状を持ったこれらの代表の訴えに耳を貸さず、会議への参加も認

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