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べた「日本はアジアの東の端にあるが、すでに古いしくみを捨てて、ヨーロッパの新しい文明を受け入れ、文明国への道を進んでいる。しかし、日本の隣の朝鮮、中国はいまだに古い国のしくみのままで、少しもヨーロッパの新しい文明を受け入れようとはしていない。それどころか、日本の幕末の志士のように、それを変えるために努力をしようという人もいない。このままでは遅かれ早かれ、ヨーロッパの国々に飲み込まれ、支配され、国がなくなってしまうであろう。同じアジア人の国である日本は、これらの国々が文明化するのを待つ余裕もそのために協力する余裕も無い。そんなことをするよりも、それらのどうしようもない国と付き合うよりも、ヨーロッパの進んだ文明国と付き合ったほうが日本にとってよほどよいことである。朝鮮、中国と接する時は、ヨーロッパの国々が接するのと同じやり方で接すればいいのである。悪友に親しむものは、ともに悪名を免れることはできない。われわれは心においてアジア東方の悪友との付き合いを断るべきである。」
福沢のこの,朝鮮,中国に対する蔑視思想はどうだろう。この人物は,実際に朝鮮王朝転覆のために活動するのだが,明治日本の知識人や一般民衆に至るまでに大きな影響力を持っていた福沢のこの発言がどれほど,日本人の中に朝鮮,中国への蔑視思想を植えつけたことだろうか。影響は計り知れないのである。自由民権運動の指導者の中にも,同じような人物はいた。
自由党内最左派で,過激なまでな自由主義者といわれた大井憲太郎と,その同志達が起こした大阪事件はその典型的な事件である。大井らは、朝鮮政府内で,反日的勢力が強い事を知ると自ら朝鮮に渡り,親日勢力のクーデタを起こさせようとした。彼らは,朝鮮での,親日派のクーデタが,日本におけるナショナリズムを呼び起こし,そのことによって自由民権運動を発展させようとしたのである。この思想には,朝鮮民衆の幸福だとか,朝鮮の自立といった思想はまったくなく,ただただ,日本の自己の運動の発展のために朝鮮を利用するといったエゴイズムがあるだけであり,根底には,前出での二人と同じ蔑視思想があるのである。
そして,このような朝鮮,中国に対する蔑視思想の典型が,明治政府の初期の大問題となった「征韓論」である。明治維新が成功するとすぐに,政上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >>
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