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るのであるが、そのスケールの大きさは時代を通して比類がなかった.わずか30歳にして維新を前にして病死した彼の辞世の歌“おもしろき ことも無き世を おもしろく”は彼の波乱の生涯をよく物語っている.坂本竜馬、西郷隆盛と並んで、維新の人気者として小説に映画に何度も描かれるのは当然である.
1-1-7 薩長同盟から倒幕へ 長州とならぶ雄藩であり尊皇攘夷運動の中心でありながら、公武合体派へと転換し、禁門の変、第1次長州征伐と長州討伐の中心となった薩摩藩を再び尊皇派へと引き戻し、倒幕派として、長州と手を結ばせたのが坂本竜馬である.坂本は薩摩、長州と並ぶ尊皇攘夷派の拠点であった土佐藩の下級武士である.土佐藩も藩主の公武合体派への転換によって攘夷派が弾圧されると土佐藩を脱藩し、諸国を駆け回り、攘夷派の人々と交流を結ぶとともに、積極的に幕府の近代主義者とも親交を重ねた.
その中に、幕府の海軍奉行(海軍長官)勝海舟がいた。勝は幕臣といえどもこの時代きっての近代主義者であった.勝の影響から、坂本は攘夷ではなく開国、近代化が日本の急務であることをいち早く気づき、日本最初の商社「海援隊」を創設した。長崎を根拠地として、イギリス商人などと取引をする中で、坂本は旧知の長州藩や薩摩藩の旧攘夷派の人々と接近し、日本の近代化の必要性を説いたのである.坂本にとっても、日本の近代化にとって徳川幕府は邪魔な存在だった.坂本の中で、薩摩、長州連合による倒幕の計画が練られたのである.坂本は犬猿の仲であった薩摩と長州に手を結ばせるために奔走した.「列強の支配から逃れ、日本を近代化するために」と説く坂本の熱意についに薩摩と長州が手を結んだのである.1866年、長州代表 桂小五郎と薩摩代表 西郷隆盛によって、薩摩長州の軍事同盟「薩長同盟」の密約が結ばれたのである.
コラム 坂本竜馬 -------------------------------------------------------------------------------- 坂本竜馬は、日本近代史上最も有名であり、人気のある人物である.彼の縦横無尽の活躍によって、明治維新がなったことや、その先見の明の鋭さなどが人気の秘密であるが、やはり、彼ほどの柔軟な思考や先を << 上一页 [11] [12] [13] [14] [15] [16] 下一页
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