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見る目の確かさをもった人間はまれであるといっていいだろう.また、維新前にして、新時代の日本のあるべき姿を描いた功績も特筆すべきである.彼が後藤象二郎に船中で語ったとされる、「船中八策」には、2院制の議会の創設や、議員の公選など民主主義政治の確立、政府の役人の公募、平等な国際条約の締結、憲法の創設など近代民主主義国家の根幹をなす施策があげられており、明治新政府の政策よりもかなり革新的なものであった.ただし、彼の政策の中にも、天皇を中心とした政府というように、天皇制を超えた思想は見えない.この辺に、尊皇派の思想的限界が見られるのが特徴的といっていいだろう.右派と見られる土方らの思想と比べると興味深いところである.
1-1-8 戊辰戦争と幕府の滅亡 薩摩と長州の軍事同盟の成立によって、倒幕のシナリオが完成したが、その前に、長州における尊皇倒幕派の復権の重要性を上げなければならない.明治維新と呼ばれる.日本の近代化革命は、長州によって切り開かれた点をしっかりおさえておかなければならないからである.
幕末日本最大の尊皇攘夷派根拠地であり、最過激派であった長州、そのため第1次長州征伐によって壊滅的打撃を受け、朝敵の汚名を着せられた長州.その長州を再び、倒幕派の拠点として立て直し、後の戊辰戦争の口火を切らせるまで鍛えたのが、高杉晋作である.
藩内の尊皇派粛清によって追われた高杉は、残された数十名の同志と長州藩内武力クーデタを決行したのである.藩政を再び自分たちに取り戻し、倒幕派として立たせるにはこれしかなかったのである.わずか数十名の同志とは、彼が創設した奇兵隊志士のことである.奇兵隊とは、高杉が欧米の近代軍隊から学んだ民衆軍隊である.農民、町民層の若者を集め、軽装に銃という、それまでの日本にはなかった軍隊だった.この行動力と集団的戦闘という近代的戦法が幕府軍を完璧に打ち破り、明治を切り開くことになった.日本における最初の近代的軍隊がこの奇兵隊である.奇兵隊によるクーデタの成功により再び藩政を取り戻した高杉らによって、薩長同盟が成ったのである.その意味で、高杉の数十名のクーデタこそが明治を切り開いたといってもいいだろう. 長州藩の再度の翻意は幕府を怒らせ、1865年の第2次長州征伐を起こ << 上一页 [11] [12] [13] [14] [15] [16] 下一页
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