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「本が読めるなら乃公が試験してやろう。茴香豆の茴の字は、どう書くんだか知ってるかえ」 わたしはこんな乞食同様の人から試験を受けるのがいやさに、顔を素向(そむ)けていると、孔乙己はわたしの返辞をしばらく待った後、はなはだ親切に説き始めた。 「書くことが出来ないのだろう、な、では教えてやろう、よく覚えておけ。この字を覚えていると、今に番頭さんになった時、帳附けが出来るよ」 わたしが番頭さんになるのはいつのことやら、ずいぶん先きの先きの話で、その上、内の番頭さんは茴香豆という字を記入したことがない。そう思うと馬鹿々々しくなって 「そんなことを誰がお前に教えてくれと言ったえ。草冠の下に囘数の囘の字だ」 孔乙己は俄に元気づき、爪先きで櫃台(デスク)を弾(はじ)きながら大きくうなずいて 「上出来、上出来。じゃ茴の字に四つの書き方があるのを知っているか」 彼は指先を酒に浸しながら櫃台の上に字を書き始めたが、わたしが冷淡に口を結んで遠のくと真から残念そうに溜息を吐(つ)いた。 またたびたび左(さ)のようなことがあった。騒々しい笑声が起ると、子供等はどこからとなく集(あつま)って来て孔乙己を取囲む。その時茴香豆は彼の手から一つ一つ子供等に分配され、子供等はそれを食べてしまったあとでもなお囲みを解かず、小さな眼を皿の中に萃(あつ)めていると、彼は急に五指をひろげて皿を覆い、背を丸くして 「たくさん無いよ。わしはもうたくさん持ってないよ」 というかと思うとたちまち身を起し 「多からず、多からず、多乎哉(おおからんや)多からざる也」 と首を左右に振っているので、子供等はキャッキャッと笑い出し、ちりぢりに別れゆくのである。 こういう風に孔乙己はいつも人を愉快ならしめているが、自分は決してそうあろうはずがない。ほかの人だったらどうだろう。こうしていられるか。 ある日のことである。おおかた中秋節の二三日前だったろうと思う。番頭さんはぶらりぶらりと帳〆めに掛り、黒板を取卸して、たちまち[1] [2] [3] 下一页
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