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に出た。そのうち六回は遺体を見た。それは眠っているようにも、作り物のようにも見えた。
現在の地球上の人間の数は50億だか60億だか。そのすべてはやがて死ぬ。これまですでに死んだ肉体の数は2,000億というようなことをどこかで読んだ覚えがある。
当たり前だけど、今生きている人より、もう死んだ人の数のほうがすっと多い。これに死んだ動物や植物などありとあらゆる生物の死骸を加えると、地球上は死体だらけになる。死んだ肉は、腐って土になったり焼かれて灰になったり食われたりして、地球に還元される。つまり、地球は死体でできている。私は死体が変質した土の上に生き、死体が変身した生物を食べて生きている。死者にと共存しているのである。
(星野智幸「二十一世紀の黙示録」『新潮』第101巻第6号新潮社による)
問い 「地球は死体でできている」とあるが、どういう意味か。
1、筆者はよく葬式に出るので、死者と共存しているような気がするということ
2、生きている人より、死んだ人のほうが多いので、地球は死体だらけだということ
3、地球上の生物はすべていつか死ぬため、したいがなくなることはないと言うこと
4、生物は死ぬと地球に還元されるため、地球の土は死体でできているということ
例題2
「金さえ払えば入れる大学」は確かに常識人にとっては嫌な感じがするだろう。しかし、「金さえ払えば入れる大学」を卒業したからといって、果たして就職させてくれる会社があるだろうか。答えは否であろう。なぜなら、現代の日本では、会社は受験勉強を勝ち抜いた能力を評価するのであって、勉強せずに入れる大学を卒業する能力は全く評価しないからである。従って、金権大学を出ても何の役にも立たない。だからこそ「金さえ払えば入れる大学」は存在しないのであって、人々の倫理観が金権大学の存在を拒否するからではない。仮に人々の倫理観が拒否したとしても、その種の大学の卒業者を大卒として評価して受け入れる会社があれば、その種の大学を経営しようとする者が現れるだろう。
こういう理屈を並べるのが経済学である。経済学にはこのように、常識ある人の倫理観を逆なでするようなところがある。だから経済学は嫌われるのかもしれない 上一页 [1] [2] [3] 下一页
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